出汁素材「かつお節」Ⅲ

<「かつお節」の製造方法 1.原料の処理>

 

 「だし」を取るための素材としては、「かつお節」ほど手間暇をかけて加工をしている食品は世界的に見ても例がなく、それにより魚の加工品としてはトップクラスの保存性と、一般的に長時間の煮出しを必要とする海外の「だし」に対し、非常に短時間で濃い「うま味」を抽出するインスタント性を実現しています。

かつお節」作りの工程は大きくわけると、

 

1、原料の処理 → 2、茹で作業 → 3、いぶし作業 → 4、カビ付け作業

 

の4段階で、細かくは10以上の工程を経て、ようやく完成することができます。

 それぞれの工程において、地域や業者によって、いろいろなやり方がありますが、ここでは基本的な方法を解説していきます。

 

 まずは原料ですが、もちろん「」です。「かつお節」と呼べるのは厳密に言うと、「真鰹(まがつお)」や「本鰹(ほんかつお)」とも呼ばれるいわゆる「カツオ」を使用したもののみです。実は「」には、その他に「ハガツオ」、「スマガツオ」、「ヒラソウダガツオ」、「マルソウダガツオ」といった種類があます。どの品種も「」に加工されていて、「ヒラソウダガツオ」、「マルソウダガツオ」に関しては、「宗田節(そうだぶし)」や、関西では魚の特徴から「目近節(めじかぶし)」と呼ばれ、区別されていますが、「ハガツオ」、「スマガツオ」の節については「かつお節」として販売されているのが現状です。

 日本近海の鰹は、太平洋側を春から初夏にかけて北上し、秋口に南下します。鰹は餌をたくさん食べながら移動するため、次第に太って脂が乗っていき、いわゆる秋口に獲れる南に下る「戻り鰹」は美味しいというこになるわけです。しかし「かつお節」の原料としては、脂の乗ったまるまる太った鰹は向きません。

 これは脂分が、鰹を乾燥させていくときに邪魔になり傷みやすくなることと、「だし」にしたとき、雑味やにごりの原因になるためで、理想としては1~2%の脂分のものが最良とされています。ですので、「かつお節」には、4~7月に漁獲した鰹が脂肪が少なく原料にもっとも適しており、この鰹を使った「かつお節」を「春節」と呼び、8~10月の鰹を使った「秋節」より上質だと言われています。

 また、春節は乾燥工程の時期が真夏に重なり、そういう意味からも最適の時期に当たります。地域別に見ると、九州沖から伊豆七島にかけて漁獲されるものが「春節」の時期に当り、東北沿岸域のものが「秋節」となります。

 このことから昔から薩摩節・土佐節・焼津節・伊豆節は上物で、三陸節など東北の節は劣ると言われてきたようです。

 ただ現在では、近海ものの鰹の減少や漁法、冷凍技術の発達により、遠洋漁業で漁獲されたものが大幅に増えており、季節や地域による差はまったく当てはまらなくなっています。ちなみに同じ時期であれば、近海より遠洋で漁獲された鰹のほうが脂肪が少なく、また雌より雄の鰹のほうが、脂肪が少ないことがわかっています。

 

 さて「かつお節」の工程のお話に入りますが、現在は原料がほとんど冷凍であるため、まずは「解凍」と「洗浄」をすることが最初の作業となります。解凍方法は、鰹を水槽に入れ、水を2、3回入れ替えながら、季節や湿度等の条件で解凍時間を調整しながら行います。解凍をしっかりしないと魚肉に軽石のような小さな穴が空いてしまうため、この工程は、丸一日掛りの大切な工程となります。

 冷凍の鰹は鮮度は高いのですが、製造工程上、鮮度が良すぎても茹でたときに身割れを起こしやすくなりますし、「うま味」も少ないことが判っています。鰹は解凍されると同時に、自己消化が始まり、酵素の働きによって生物の遺伝子の本体である「デオキシリボ核酸」、いわゆる「DNA」に代表される、体にとって最も重要な化学物質である「核酸」が、「アデノシン」という物質に分解され、さらに「うま味」成分である「イノシン酸」が作られはじめます。つまり「うま味」成分である「イノシン酸」は、生きた鰹には存在せず、死後、一定時間が過ぎた時に、自己消化の途中で作られるため、鮮度の良すぎる鰹は「うま味」成分が少ないというわけです。

 この「イノシン酸」のように、動物の体内に含まれる核酸やタンパク質が、酵素と温度、湿度、時間など外的環境との総合作用により分解されて、特殊なうま味成を作り出す工程を、「熟成」または歳をとらせるという意味の「エイジング」、また調理現場においては食品を「寝かせる」「仕込む」といった呼び方がされています。これらの言い方は、自身の細胞に含まれる分解酵素により分解される状態を指し、微生物の活動による分解は「発酵」と呼び、区別します。

 

 このように解凍と同時に絶妙に「熟成」させた鰹を、次に手早く切り分けていきます。この工程を「生切り」と呼びます。

 「生切り」の手順は、まずは「頭切り」と呼ばれる、鰹の頭を包丁やヘッドカッターと呼ばれる機械を用いて頭を落とす作業から始まります。次が「腹皮取り(はらがわとり)」と呼ばれる鰹の腹皮と内臓を取る作業です。腹皮とは鰹の腹の身の部分で、鰹の部位の中で一番脂がのっているところです。この部分は節には向かないため切り取り、天日に干したり、新鮮なものは生のまま、「カツオの腹皮」や「はらんぼ」などと呼ばれ売られます。これは焼いて食べると抜群に旨い肴になりますので、機会があればぜひお試しください。

 

 続いて、「背皮剥ぎ(せがわはぎ)」と呼ばれる、鰹の背ビレとその周辺にある、鰹の名前の由来でもある固い皮を剥ぎ取る作業です。これが終わると「身卸し」と呼ばれる、身と骨を切り分ける、いわゆる「3枚おろし」の作業に入ります。

 そうして鰹の大きさに応じて、だいたい2~3kg以上のものはさらに「合断(あいだち)」と呼ばれる鰹の半身を、更に血合の部分を境にして背と腹に切り分ける作業を行い、「本節」として加工していきます。このとき鰹の背部からつくられるものを「雄節(おぶし)」、腹部のほうからつくられるものを「雌節(めぶし)」と呼びます。それ以下の小さい鰹は、3枚におろしたままの身を使い、その形状から「亀節」を呼ばれる節に加工します。この2つは形状の違いだけで味はほとんど変わりませんが、「亀節」は小さくて手間がかかるので、あまり作られていないのが現状です。

 ここまでが、「かつお節」を作っていくための原料の処理となります。